照円寺

地獄極楽照円寺

照円寺について

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照円寺は浄土真宗本願寺派(お西さん)のお寺です。

金沢駅鼓門より徒歩約8分の別院通りを抜けた笠市町にあります。

毎年、春と秋のお彼岸に合わせて寺宝「地獄極楽絵図」の公開を行っております。

御開帳をきっかけにご参拝いただき、お西さんの教えや歴史を肌で感じていただければ幸いです。




照円寺の歴史


 このお寺の初代は法敬坊順誓〈ほうきょうぼうじゅんせい〉(1421~1510)と申します。順誓〈じゅんせい〉は元々、源権之頭〈みなもとのごんのかみ〉と言い、石川郡山島郷(現在の白山市)一町三五村を統べる国人領主でありました。二十九歳の時、全国に浄土真宗〈じょうどしんしゅう〉を広めた蓮如上人〈れんにょしょうにん〉に弟子入りし「順誓〈じゅんせい〉」という僧侶に成りました(1449年)。弟子の中でも特に熱心に仏教を学んだ順誓は、蓮如上人より「法敬坊〈ほうきょうぼう〉」という名を与えられ、法敬坊順誓〈ほうきょうぼうじゅんせい〉と名を改めました。


 その後、山島郷島田村(現在の白山市御影堂町〈ごえいどうまち〉)にお寺を建立し(1454年)、蓮如上人より頂いた二尊之御影〈にそんのごえい〉(親鸞聖人〈しんらんしょうにん〉・蓮如上人の姿絵)を安置しました。そのお堂は「御影堂〈ごえいどう〉」と呼び親しまれる事となりました。


 晩年まで蓮如上人の側近として仕え、上人より「順誓と我は兄弟よ」とまで評された順誓は、九十歳で息を引き取り浄土に往生しました(1510年7月15日〈新暦9月2日〉)。


 照円寺四代住職慶誓〈きょうせい〉は本願寺十二代准如上人〈じゅんにょしょうにん〉の命により、金沢城の後町(現在の袋町)に移転していた旧尾山御坊〈おやまごぼう〉の守護に任命され(1602年)、その六年後、御影堂の名を「照圓寺〈しょうえんじ〉」と改めました。三代加賀藩主前田利常〈まえだとしつね〉より現在の地(旧五宝町〈ごぼうまち〉)を寄進され(1648年)、移転すると共に別院守護と触頭〈ふれがしら〉に命じられました。


 現在では、浄土真宗本願寺派(お西)のお寺として十九代島田敬雄が照円寺の住職を務めております。